この本は劣情をそそるようには書かれていない。しかし、妖しい気分にはなる。
坂田籐十郎が近松門左衛門『大経師昔暦』(溝口健二監督『近松物語』の原作)の初日を迎える直前に「芸の苦心に肝胆を砕」く話。「茶屋宗清の大広間で、万太夫座の弥生狂言の顔つなぎの宴がひらかれてい」る。 籐十郎は「何げないふうに酒杯を重ねてはいたものの、心のうちには、かなりはげしい芸術的な苦悶が、渦巻いている」。『大経師昔暦』は、「京の人々の、記憶にはまだ新しい室町通りの大経師の女房おさんが、手代茂右衛門と不義をして、粟田口に刑死するまでの、のろわれた命がけの恋の狂言」である。彼は人妻と恋をしたことがこれまでにない。「籐十郎は、生まれながらの色好みじゃが、まだ人の女房と念ごろした覚えはござらぬ」のだ。したがって、茂右衛門をどのように演じるのか、彼は「自分自身の肝脳(あたま、ルビ)をしぼるよりほかには、くふうの仕方もなかったのである。」 酒に酔った籐十郎は「知らず知らず静寂な場所を求めて、勝手を知った宗清の部屋部屋を通り抜けながら、奥の離れ座敷」に向かうのだ。そこで「寝そべっ」ていると、偶々「宗清の主人宗山清兵衛の女房お梶が」やってきた。「お梶は、もう四十に近かったが、宮川町の歌妓(うたひめ、ルビ)として、若いころに嬌名をうたわれた面影が、そっくりと白い細面の顔に、ありありと残っている」のだ。まずい。 で、どうなるのかは是非『籐十郎の恋』を読んでからのお楽しみにして貰いたい。たしか、この作品は映画になっている。わたしが監督するなら、どう撮るかと考えていると、朝飯の用意ができたと妻に呼ばれてしまい、思考は妨げられたのである。妖しい気分はとうぶんの間、抜けそうもない。
by hiroto_yokoyama
| 2010-05-21 09:18
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