わたしはときたま書店で出版社の出している小冊子をもらってくる。きのうは「図書」(岩波書店)10月号と「ちくま」(筑摩書房)10月号ほかにも数冊、店員にことわって持って帰った。
「図書」に鶴見俊輔氏の『一月一話』というコラムが載っている。毎号ではないが、「図書」を手にしたときは真っ先に読む。10月号は『はみだしについて』という題。 書き出しと結末を引用させていただく。 「定義をおぼえて、その定義にすっぽりはまる実例をひく。これは、学生として試験の答案を書くときには適切な方法である。 だが、学問を開拓するには、それは適切な方法ではない。」 「明治の学校制度のはじまりから百三十年。欧米の先生の定義に合う実例をさがして書く答案がそのまま学問の進歩であるという信仰が、右左をこえて今も日本の知識人にはある。そこから離れる方向に、私たちはいつ出発できるのか。」 (つるみ しゅんすけ・哲学・評論) 鶴見俊輔氏と言えば、たしか80歳を超えて矍鑠となさっている。わたしが敬愛する方々のお一人だ。氏のお書きになったものでは高野長英や夢野久作の評伝くらいしか読んでいないが「なるほどなあ」といつも感心する。 「ちくま」には二宮正之という方が『古典を読む愉しみ 3』で『アンチゴネーは生きている』という文をお書きになっている。こちらも興味深いのだがわたしは自分の田んぼへ水をひいて(我田引水)『小平次伝説(仮題』の「おちか役」は現代のアンチゴネーになるのかならないのか、鶴見氏のおっしゃる「定義からはみだした」アンチゴネーにするには構成をどう考えていくべきかなどと思い浮かべながら昨夜は眠りについた。
by hiroto_yokoyama
| 2004-10-07 09:08
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