10年前の9月11日に米同時多発テロがおきた。このことはほとんどの人が知っている。その2日前9月9日にわたしと同学年の映画監督・相米慎二が亡くなったことを覚えている人はあまりいないだろう。
当時失意のどん底にいたわたしは夕刊を見ていた妻が「あ、相米監督が亡くなった」という声で新聞をとって見た。こちらが「死にたい」と思っていたのに日本でたったひとりしかいない同年の監督のあまりにも早すぎる死。わたしは死にたいなどと甘ったれた思いを抱いたことを恥じた。
あれから9年8ヶ月がたった。わたしはこの間1本の映画も撮ることができないできた。3月11日には東日本大震災という最大の国難が生起した。わたしは今後もいたずらに馬齢を重ねるのみなのか。たまたま生きているのならそろそろ新しい映画を撮ろうとしない訳にはいかないだろう。
ビンラディンの死を報じた新聞を前にそんなことを密かに考えた。