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ジョン・フォード『駅馬車』とキャロル・リード『第三の男』を見た

 『第三の男』はきのう『駅馬車』は数日前に。後者は不覚にも発泡酒を飲んだためあの有名な駅馬車がアパッチに襲われるシークェンスのところは眠って見なかった。残念。
 双葉十三郎氏はこの2作品を絶讃しておられる。(『外国映画ぼくの500本』P.46に『駅馬車』が『第三の男』はP.159。双葉氏の採点は前者が90点。後者は85点。ちなみにこの本では100点満点はなく90点が最高点)
 映画少年だったわたしは2作品とも見ているのだが、はじめからありがたがって見たわりには当時なんの感慨もなかった。改めて見直して見ても、どこをどう叩いても「映画の教科書」を見ている域を出られない。
 『第三の男』は、あ、あの監督があの映画で真似した(影響を受けている、と言うべきか)なとかつまらないことを思い浮かべながら一応ちゃんと見た。アントン・カラスのチターの音色とモノクロームの映像はひと晩たっても頭に焼きついて離れない。アリダ・ヴァリがいいのは分かりきったこと。(わたしは『かくも長き不在』しか彼女の出演した映画は見ていない。双葉氏はこの映画の「ヴァリは『第三の男』をしのぐ好演」とおっしゃっている。同書P.65)
 アリダ・ヴァリはシモーヌ・シニョレやジャンヌ・モローとおなじように骨太でいかついがとても魅力的だ。若い女性は画一的な雑誌とかコマーシャルを見て真似たりするのはもうやめて彼女たちの映画を見てものごしや喋り方をとりいれるといいですよ。あ、また余計なことを言いました。
 『駅馬車』は途中で寝たものの双葉氏のおっしゃる「フォードは、…最もよく映画を知る人である」ことにわたしはただ黙ってひれ伏すばかりだ。ただひとつ生意気を言えばジョン・フォードはアップを撮るとき俳優にぜったいに芝居をさせていない、と思われそれがわたしには嬉しかった。ちがう言い方で簡単に言えば「なるべく無表情に。顔をごちゃごちゃとしかめたり動かしたりなどしない」と撮影現場で指示したくなる気分は正しいのだと確信した。石井輝男監督にも撮影現場でサード助監督だったわたしがワンシーンを撮らせてもらったとき「横ちゃん。それでいい。それがいいのだ」とお褒めいただいたことなど思い出した。
by hiroto_yokoyama | 2005-03-21 10:52 | 映画
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