きのう(6月18日)タクシー乗務中、休息時間に『武田信玄』第四冊(最終巻)、山の巻を読み終わった。いつから読みはじめたのか、わたしは無責任かも知れないがこのブログを読みかえすことはしないのでわからない。通読までずいぶん時間がかかっていることだろう。
司馬遼太郎『国盗り物語』そして新田次郎『武田信玄』をおもしろく読んで思うことは、司馬、新田両氏が男女のはなしを「現代的な解釈」でしていること。いまから500年も前のことだから歴史家だって男と女のことなどよく分からないに違いない。歴史小説として分かりやすくするには現代の男女の心理で描く以外にないのだろうが、わたしはその点についてのみ両書に違和感をもった。あとは感心することばかり。教えられることだらけ。 武田信玄については近所の寺に信玄の娘・見性院の墓があり、穴山梅雪の妻だったという案内板を見て17年ほど前から興味があった。見性院が未亡人になったあと徳川家康が面倒を見て大牧村を彼女にあげたらしい。あの好色だった家康が未亡人の見性院と何でもなかったわけがないだろうなどとスケベェな想像をめぐらせたりして武田信玄をわたしは身近に感じていたのだ。その見性院の大牧村にわたしはいま住んでいる。さきほど教育委員会が立てた味も素っ気もない案内板を確認しにいったきりお墓にはお参りしなかったが以前墓前に立ったときわたしはタイムマシーンにのってほんのちょっとの間だが見性院にお会いしてきたようなそんな気分になったものだった。 司馬遼太郎も新田次郎も亡くなったお二方には失礼だが男女のことはわたしほどにも分かってはいなかったということははっきりした。かく言うわたしも男女問題は露ほどにも理解できていないのだが。
by hiroto_yokoyama
| 2005-06-19 10:54
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