木田元『猿飛佐助からハイデガーへ』(岩波書店)から書き抜く。「…
詩なんか読んで、いったいなにになるんだとおっしゃる方が多いと思う。たしかに、なんにもなりはしない。しかし、こういうことは言えるのではなかろうか。私たちは、日ごろひどく振幅のせまい感情生活を送っているものである。喜びであれ哀しみであれ、よくよく浅いところでしか感じていないのだ。ところが、われわれは詩歌を読み、味わい、感動することによって、喜びや悲しみをもっと深く感じることができるようになる。ものごとを深く感じるためには、それなりの訓練が必要なのである。小説を読むとか音楽を聴くとか、人それぞれにその訓練の仕方は違うであろうが、私にとっては詩歌を読むということが、そのための最良の訓練になったような気がする。若い人たちにも、好きな詩人歌人をさがして、その作品をそらんじるくらい読みこむことを薦めたい。」(同書、90ページ~91ページ)
木田氏の「それなりの訓練が必要なのだ」という点にわたしは120パーセント賛同する。日々せっするタクシーの乗客やどうでもいいブログを書いている(人のことは言えないが)庶民のほとんどは訓練の必要性などカケラも感じたことがない人たちのようなのでもしかしたらそのせいでわたしはひどく疲れるのではないだろうか。