見出しはけさのフジテレビ『報道2001』で元中曽根総理が2、3回言った言葉。なるほどと思った。わたしは滅びゆく日本国民に以下の言葉を贈りたい。
「生きてる人間というものは(実は死んだ人間でも、だから、つまり)人間というものは、自分でも何をしでかすか分らない、自分とは何物だか、それもてんで知りやしない、人間はせつないものだ、しかし、ともかく生きようとする、何とか手探りででも何かましな物を探(さが)し縋(すが)りついて生きようという、せっぱつまれば全く何をやらかすか、自分ながらたよりない。疑(うたぐ)りもする、信じもする、信じようとし思いこもうとし、体当り、遁走(とんそう)、まったく悪戦苦闘である。こんなにして、なぜ生きるんだ。文学とか哲学とか宗教とか、もろもろの思想というものがそこから生まれて育ってきたのだ。それはすべて生きるためのものなのだ。生きることにはあらゆる矛盾があり、不可決、不可解、てんで先が知れないからの悪戦苦闘の武器だかオモチャだか、ともかくそこでフリ廻さずにいられなくなった棒キレみたいなものの一つが文学だ。」(坂口安吾『教祖の文学 ―小林秀雄論』 「文学」を「映画」という文字にかえてもいい、とわたしは思う。 坂口安吾は1955年(昭和三十年)2月17日、脳出血で死んだと年譜にある(中央公論社『日本の文学』63、543ページ)。してみると、もう著作権は切れている(死後50年が経過)。だから、なにをしてもいいとはわたしは思わない。民よ! 著作権というものについてもっとよく考えるといい。クレジット・カードの「情報漏れ」など屁みたいなものよ。お前がどこで生まれ、生年月日がいつで、どこに住み、年収がいくら、暗証番号、パスワードなどということは勘違いしてもらっちゃこまるが情報のうちにはいらない。目覚めよ、庶民! 最後に滅びる社会主義国家にならないために。 あなたが錯覚しているあなた自身の「個人情報」は「国民総背番号制」を制定すればすべて国家の責任にできるのだから、早くほんものの社会主義国家を国民こぞって選択してみてはいかがでしょうか。 それにしても手塚治虫の息子が監督した安吾原作の映画『白痴』はおもしろくなかったねぇ。CGを担当した某(なにがし)はあのあと過労が原因かどうか知らないがぽっくりと死んじまったらしい。わたしはその人の通夜にも葬式にも出ずに失礼したが。
by hiroto_yokoyama
| 2005-06-26 20:31
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