講師案内には高氏について「…一九七五年愛し子・岡真史が十二歳で自死したことを契機に、深く『歎異抄』と親鸞聖人の教えに帰依する」とある。
本文15ページには 「…何もかもが、順調に行くように見えた数年がたってのことです。私はたった一人の子に世を去られたのでした。…その子は朝鮮人の私と日本人の妻との間に生まれた一粒種でした。 …気がつくと、お棺の中の子に添い寝をしていました。…『歎異抄』の声が聞こえたのは、そのときです。自然に生きるなら、もっとも身近な者をたすけることができる──、自然に生きるなら──。私はその意識もなく、『歎異抄』にその言葉があったと、うわ言のように口走りつづけていたのでした。それが『歎異抄』との三度目の出会いの始まりです。」 この人の情緒的な文にはちょっとまいるが143ページに興味深いところがあった。 「『教行信証』に面白い比喩がありました。「空無自性」を説く龍樹は、人間とは、月を教えられると、月を見ないで、月をさす指を見ているといいます。そして、その「指」をもって、人間の世界の言葉であると指摘していました。つまり、人間とは、月を教えられると、月を指している指を見るばかりで、月そのものを見ようとしていないというのです。その指こそが、言葉なのでした。龍樹の慧眼は、まことに深いと言えます。」 ジョン・バダムの『ウォーゲーム』をDVDで見た。前半は引き込まれたが後半がいただけない。リアリティがどんどん失われて白けてしまう。見終わって職人監督バダムも「月を指している指ばかり見ている」人なのだろうとわたしは確信した。あと1、2本この監督の映画を見たらジョン・バダムは卒業だ。
by hiroto_yokoyama
| 2006-12-05 22:24
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