さすが世界の大監督・溝口健二

 『祗園囃子』を見た。1953年(昭和28年)の制作だからわたしはまだ5歳。当時を知っているわけがない。無論この映画は初見。
 若尾文子のデビュー作と勘違いしていた(ネットで調べてもなにが彼女のデビュー作かよく分からなかった)。そんなことはどうでもいいが二十歳(はたち)の彼女は素晴らしい。余計なことだが拙作『卍』のときの樋口可南子のように輝いている(樋口はたしか23歳だった)。『祗園囃子』の場合どうしても木暮実千代がなくてはならない。この人も見事だ。
 嘘か本当か知らないが溝口健二監督は背中に女から斬られた傷があったらしい。「このぐらいでなくちゃ女は描けない」と言ったか言わなかったか。わたしにはそんな傷どころかひっかかれたこともない。このブログで「女を描けるのはわたしぐらいしかいない」などと前に書いたが溝口健二監督に墓のなかでせせら笑われているに違いないかと思えば穴があったら入りたい。
 以前フィルムセンターで主立った溝口作品は見ているのだがなにしろわたしは若かった。それに祗園や芸者や舞子などといわれてもなんのことやらさっぱり分からない筑豊出身の田舎者。逆立ちしたって描ける世界ではない。そのせいかどうか、どことなく溝口健二を毛嫌いしてきたところがあるが還暦になって見るとようやくその良さやすさまじさのようなものを分りかかってきた気がする(撮影は宮川一夫)。
 さいわいに溝口作品はかなりDVDが出回っている。襟を正して勉強しないとならない監督がまたふえた。
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by hiroto_yokoyama | 2008-04-24 18:18 | 映画
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