人気ブログランキング | 話題のタグを見る

大島渚監督『悦楽』(原作:山田風太郞)を再見

 「大島渚」という監督がいると教えてくれたのはわたしの母だった。母は女医で福岡県飯塚市で開業医をいまもやっている。患者がとぎれると居間に戻ってきていまはテレビのスイッチをいれるがむかしはもっぱら新聞に目を通していた。たまたまわたしがそこに居合わせるといろいろなことを話しかけてきた。
 「大島渚のなぎさって素敵な名前ね」と言ったのはたぶん1960年わたしが中学1年生のときではなかったろうか。母はけっこう映画が好きだったらしく(当時、娯楽と言えば映画しかなかった)よく映画館に足を運んでいた。木下恵介監督『喜びも悲しみも幾年月』(1957年、わたしは9歳。小学4年生だっただろうか)を見たあと映画監督ほど立派な仕事はない、みたいなことを吹き込み同監督の『楢山節考』(1958年)、『笛吹川』(1960年)などを見に連れて行ってくれた記憶がある。
 大島渚の話はたぶん社会党の浅沼書記長が殺された直後封切って間もない同監督の『日本の夜と霧』が上映中止になった新聞記事でも読みながらではなかったろうか。
 1965年、わたしは大島渚の久しぶりの新作『悦楽』をひとりで見にいった。大島作品を見たこれが最初だった。
 きょう43年ぶりにDVDを借りてきて見た。劇場で見たときはわたしは17歳だったしそのころは両親のあとをついで医者になるつもりだったのでスタッフやキャストの名前など見もしなかった。きょうあらためて知ったのだが撮影:髙田昭、編集:浦岡敬一の両氏はわたしがはじめて監督した『純』のときにお力添えをいただいた方々。美術:今保太郞の名前もなつかしかった。東映東京撮影所でわたしは助監督として今さんとは何本もごいっしょしている。
 『悦楽』に話をもどすと原作は『棺の中の悦楽』という短篇で映画監督を志して上京してから読んでいるはず。脚本は大島監督ご自身でお書きになっているようだが、とてもよく出来ていると思う。スタッフは素晴らしいがキャストがいけない。いや俳優さんたちが駄目というのではなくほとんどがミスキャスト。大島監督は役柄にもそれを演じる俳優たちにも思い入れをしないというか愛さないというかそんな突き放した演出をなさる方だときょう改めて確信した。わたしがもしこのシナリオで好きな俳優を使って撮ったなら映画はもっともっと面白くなったに違いない。こんなことを言うと大島監督の演出が悪いと断定しているとお取りになる方がいらっしゃるかも知れないがわたしはそんなことを言おうとしているのではなく映画の撮り方にもいろいろあるのだなあと実感したことを伝えたいばかりなのです。
 この映画の翌年1966年大島監督は『白昼の通り魔』(『悦楽』の次の作品)をお撮りになっている。この映画は名作。わたしには逆立ちしても撮れない。実を言えばわたしは『白昼の通り魔』を福岡市の六本松という所、九州大学のすぐそばにあった映画館が閉館になる冬のとても寒い日に場内のダルマストーブに手をかざしながら見て浦岡敬一さんの名前を覚えた。すばらしい編集だと素人ながら感心したのだ。1978年に『純』を撮るにあたって撮影はどうしても髙田昭さんにお願いしたいと考えたのもこの作品を見ていたからなのです。
 こんなことに興味を覚えてくださる物好きなお方ももしかしたらいらっしゃるかも知れないが夕食後に飲んだうつ病の薬がそろそろ効いてきて眠くなってきたのできょうはこのへんでやめておきます。
by hiroto_yokoyama | 2008-05-12 21:49 | 映画
<< 山本薩夫監督『氷点』を再見 10年前から読みたかった本 >>