この本に目を通して少しもの知りになった。
元の江戸城本丸のあったところが「皇居東御苑」として一般公開されている。公開されたのは昭和四十三年…(10ページ) わたしは知らなかった。 ……五層の屋根には金の鯱の高さ五十一メートルに及ぶ天守閣がそびえていたというが、明暦の大火(振袖火事、一六五七年)で類焼したまま再建されなかった。 とか、 その天守閣跡と、さっきの午砲台跡との間には「大奥」があったはずであり、昔の江戸城の見取り図を持参してきて見比べてみれば、広大だったというその場所や規模、さらには敷地内の地面の起伏を目のあたりに想像できることであろう。(13ページ) まだある。 ……平川門といえば不浄門という異名もあったくらいで、城中の死者や罪人はここから出されたという。刃傷事件を起こした浅野内匠頭もそうであったが、それから十数年後、大奥女中の絵島が人気役者の生島新五郎をこっそり呼び込んだのがバレて流刑の憂き目にあったときもここから出された。一方で、御三卿(尾張、紀伊、水戸の御三家に準ずる田安、一橋、淸水の三家)の登城口でもあり、本丸の奥女中がもっぱら出入りするという華やかな一面もあった門である。(19ページ) 笑ってしまったのは「長明寺桜もち」についてのくだり。この餅は「塩漬けの桜の葉」で包んであるがその皮(桜の葉のこと)について 「これは皮をむいて食べるんですよ」と言ったら、「ああそうかね」と川を向いて食べた――なんて小話もある。(32ページ) 興味深かったのはこのあたりまでで最終のページはちょうど200ページだが、著者には悪いがあとはとってつけたような文章ばかり、金太郞飴のように同じ切り口で書かれているために飽きる。そうそうに図書館に返却し購入するのはさしひかえよう。
by hiroto_yokoyama
| 2008-06-19 06:10
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