『卍』について

 1982年(昭和57年)のはじめ東映セントラルフィルムの部長(すでに故人、以下N.A.氏と呼ぶ)から呼び出された。『純』の大ヒット(1980年秋公開)から、だいぶたつがそろそろ重い腰を上げないか、何かやりたいモノはあるかと尋ねられ、わたしは以前大映で増村保造さんがおやりになったが、谷崎潤一郎の『卍』を自分なりにリメイクしてみたいと話した。
 数日して、『卍』を横山プロで製作してほしい、その上映権を東映セントラルフィルム(この会社はいまは存在していない)が買うというやり方でこの企画を進めようと提案があり、わたしはすぐにのった。
 その年の暮れに『卍』は樋口可南子、高瀬春菜、原田芳雄主演で撮影を終了した。封切りは1983年の春だったが、わたしは国際交流基金というところからフランスのパリとナンシーで日本映画週間のゲストとして派遣され初日の舞台挨拶は参加できなかった。
 『卍』はその年の東映株式会社本体が配給したすべての作品に併映されたのでごらんになった方が多いと思う。その後ビデオ化され、DVD化され、いまはネットで配信されている。
 しかし、映画が完成して22年になろうかというのにわたしのなかでは著作権問題が未解決のママいまだにくすぶっている。
 いまここで『卍』の著作権問題について語りはじめると、長くなるので、後日あらためてほじくり返すつもりだ。
 それよりブログをはじめてちょうど2週間。トラックバックだpingだと耳慣れない言葉を理解するのはたいへんなので「習うより慣れろ」でなんとか三日坊主にならずにすんでいる。松永英明著「ウエブログ超入門」と首っ引きでまず継続させることに主眼を置きたい。
 投げた石ころが水面をはねていくように、『純』から最新作『お友達になりたい』までの監督作品、プロデュース作品7本について一週間かけて表面をなぞって話そうと思う。
by hiroto_yokoyama | 2004-07-27 09:53 | 映画
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