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『フリーター』と『恋はいつもアマンドピンク』

 この2本はN.K.さんのプロダクションでわたしは「雇われて」監督した。正直、あまり思い出したくない。「『卍』について」のところでもN.A.氏などと書いたように、匿名にしたところで、事実を書けば死者に鞭打つことになり、健在であれば誹謗中傷することになりそうで筆(? )が進まないのだ。
 ただ、「なに」が「どう」ということを言わないと、読む人(がいたらの話だが)が読んでもなんのことやらさっぱり見当がつかないはずだ。投げた石ころが水面を跳ねていくように、ともかく7本の映画についていまはうわべをなぞる作業を急ぎたい。
 2本つづけて撮ってよかったことは『フリーター』の鷲尾いさ子がこの作品に出演したことで脱皮できたとわたしには思えたこと。
 封切り後しばらくして自宅で朝食をとっていたら、女房がテレビを見ながら「あら、ホラあの子よ」と言う。「鉄骨娘」とかのCF。ブルマーをはいた若い女が颯爽と自転車をこいでいる。わたしは、はじめ誰だか分からなかった。女房は「あれ、いさ子ちゃんでしょ」という言葉でやっとわたしは変身した彼女を認識できた。
 撮影現場でシーツの下(画面には映らないところ)での金山一彦との全裸でのラブシーン。彼女は「やります」と張り切ったのだが、CFの契約(鉄骨娘とは別のもの)があるので事務所から全裸をやめさせられた。鷲尾いさ子のあの時の悔しそうな顔といったらなかった。テレビ画面で彼女の輝いている表情を見たら、『フリーター』を撮ってよかったとそのとき初めて思えてきた。
 『恋はいつもアマンドピンク』も後味が悪い。『フリーター』が完成したばかりのある日、樋口可南子から電話をもらった。『恋はいつもアマンドピンク』は『フリーター』のN.K.さんが『フリーター』と並行してわたしとは別の監督で準備していた作品。樋口可南子はその監督とソリが合わなくなり、「自信がないので降りる」と言ったら、「誰が監督するなら降りないでくれるか? 」とN.K.さんの会社から食い下がられたのでついわたしの名前を出してしまったと言う。
 わたしはN.K.さんの会社でもう2度と仕事をすることはない、と決めていた。しかし樋口可南子が相当に追い込まれていると感じたので義侠心みたいなもので『恋はいつもアマンドピンク』の監督をうけてしまった。誤解しないで頂きたい。わたしは監督をやらなければよかったと思っているのではない。わたしはピンチヒッターの監督なので、クランクインまで1ヶ月もない、そんなきついスケジュールでもちゃんと自分の仕事はできたと自負している。
 わたしが言いたいのは、日本映画の製作環境がどんどん悪くなっていくことを肌で実感させられ(バブルで日本中が浮かれていた)、N.K.さんなどは自分でまいた種とはいえ日本の貧しい映画製作の犠牲者だ、と気の毒で見ていられなかったということ。そんな日本にいるのがイヤでわたしは文化庁の在外研修生として渡米したくなり、文化庁の審査に応募した。
 なにもせずに渡米する気などない。アメリカへ行くまえの最後ッぺとして『曖昧Me』と『眠れる美女』を連打することにした。
                                 つづく
by hiroto_yokoyama | 2004-08-01 11:00 | 映画
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