清張作品の根っこには底意地の悪さというものがある。読んで暗い気持ちにさせられることも多いがわたし自身そうとうに意地が悪い方なのでうまくシンクロして爽快感を持つこともある。これが松本清張の魅力のひとつなのだ。きのう読んだ短篇でいちばん気に入ったのは『いきものの殻』。
R物産株式会社の元総務部長だった波津良太は年に1度もよおされる社のOB会「社人会」に出席する。椿山荘とおぼしき会場に入るところから帰途につくまでの感慨をつづったものだ。ほんの少し引用しよう。 ……波津良太は、一年に一度のこの総会に出てくるのを一つの愉しみにしている。……一年ごとに来ると、会員の幾人かは、必ず欠けていた。みんな停年後の老人ばかりだから、死亡者が必ずある。それを知るのがひそかな愉しみであった。自分だけは、もっと生きられると思っている。死亡者を知ることで、生き残っている自分の勝ちを確かめられそうであった。 もう一つの愉しみは、新人会員のふえることだった。これは会員の数が賑(にぎ、ルビ)やかになったからという意味ではない。活発に働いていた現役の連中が、自分たちの仲間に加わったという安心である。いわが落伍者(らくごしゃ)の群れが、新しい仲間を迎えた安堵(あんど)に似ていた。 9割方の人が理解できる気持ちではないだろうか。「落伍者の群れが、新しい仲間を迎えた安堵」というところでわたしは笑った。タクシー運転手をしている連中はこの暗い安堵感に始終ひたっていられる。だから低賃金でも辞めないで、しがみついている。他に行くところもないからというのも多少はあるがそれは表向きの理由に過ぎない。
by hiroto_yokoyama
| 2010-02-09 07:10
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