カメルーン戦に勝ったくらいで浮かれている民衆を見ていると、わたしにはこの国の将来が思いやられる。民度が低い、と呆れざるを得ない。
どういうことかと言えば、北朝鮮に拉致された人々がいるのに日本という国は本気で、取り戻そうという気はあるのか。人ひとりでも拉致されると、軍隊を動かしてでもその人を取り返しに行くというのがわたしには普通の国と思えるのだが、日本および多くの日本人にはその気があるとは思えない。 沖縄問題。米軍の基地が75パーセントも沖縄県に集まっていると言うではないか。原則を言えば日米安全保障条約を破棄して日本は自主防衛の国に生まれ変わるというのが筋である。その上で国内のどことどこに基地を置くという国民的な議論をすべきときがもうとっくに来ているのに、あいもかわらず、沖縄をトカゲのしっぽにしたままで平気という国は世界中で日本だけではないのか。民度が低いという所以である。 本物の軍隊を持ち、直近で戦争を経験している国もワールドカップに参戦しているだろう。こういった国々に、日本が勝てるわけがない。サッカーはたしかにゲームである。しかし、生死をかけて闘ってきた連中と、しょせんはゲーム、死ぬことはありえない、と遊び半分で試合に臨んでいる選手たちとではとても勝負にはならないはずだ。わたしは好戦的な人間ではない。しかし、国民が拉致されても手を拱いている国にいてとても恥ずかしいと思う。沖縄を太平洋戦争の終末期から、尻尾あつかいして切り離してきた国は世界中のどこを探しても恐らく日本だけである。このことに恥辱を感じない惚けきった国民は日本国民だけに違いない。 そんなジャパニーズがワールドカップでたった1度勝ったぐらいで浮かれている。ちゃんちゃらおかしいとはこのことを言うのだ。早晩、ぼろくそに負ける日がくる。つまらない涙を流して悔しがれ! 馬鹿者どもよ。いまや日本は愚か者の船と言わざるを得ない。こんな国は沈んで行くしかないのである。 #
by hiroto_yokoyama
| 2010-06-16 04:17
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松本清張『現代官僚論』を読み始めたら、すぐに『明治の兄弟』のことが出てきた。そうなると、この菊池寛の短篇を読まずには進めない。
『明治の兄弟』は熊本県出身の桜田誠一郎、欽次郎兄弟の話。不勉強のわたしはこの兄弟が実在していたかどうかも知らない。登場人物のひとり・佐々友房の台詞「君達兄弟は、朝野に分れて、いつも喧嘩しとるのう。しかし、そこに、日本の進歩があるんぢや、大(おおい、ルビ)に兄弟喧嘩をやれ、はあ、はあ!」 読後は爽やか。読んでよかった。清張さんはどういうつもりで、この小説に言及したのか。『現代官僚論』に戻らないとそれはわからない。急いで同作を図書館に予約しよう。 #
by hiroto_yokoyama
| 2010-06-13 20:10
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谷崎潤一郎がその妻・千代を佐藤春夫に譲ったという事件はあまりにも有名である。同書220ページからおしまいの5行を引用する。
こうして大正文壇を騒がせた世紀の細君譲渡事件は幕を引いた。 芦屋市の谷崎潤一郎記念館にある挨拶状の実物を目にすると、潤一郎、千代、春夫の名前が並んでいるのだけれど、千代の名前がかすかながら春夫のほうに寄りかかっている。この挨拶状は谷崎が書いたものだが、千代の名前を春夫に寄りかからせるように書いたところに谷崎のほっとした気持が現れているのかもしれない。 芦屋市に谷崎潤一郎記念館なるものがあることをわたしは知らなかった。そこに谷崎の書いた挨拶状があることも。ぜひ、一度行って見たいものだ。 最終章(第7章 文壇から消えた相馬泰三)を読むまでは「芥川龍之介につぐ若手と期待され」「高見順などが、大正時代の作家では相馬泰三などが一番作家らしい作家であったと述懐してい」た「相馬泰三」という作家がいたことも知らなかった。巻末(254ページ)の2行。 その晩年、相馬泰三は加太こうじとともに紙芝居の世界に生き、昭和二十七年五月十五日にひっそりと亡くなった。 #
by hiroto_yokoyama
| 2010-06-07 08:07
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「好きだとか、きらいだとか、嫉妬(やい、ルビ)たとか、結婚したいとか、一緒に暮したいとか、その人の妻、その人の良人と呼ばれたいとかいうことを、精神的な問題と考えましょう。男と女の間には、もう一つの世界がありますの。それは欲望です」
「欲望……」 「お嬢さまが、きれいなお花をごらんになる。美しい、と感じるのは、精神的なものです。でも、それだけじゃないでしょう。その花を折りたいとか、花びらにさわりたいとか、という気持がありますわ。それが欲望なんです」 「触りたい──忘れてしまったわ。あたしはもう十何年も、ものにさわったことはないわ」 どうです? ちょっと読んでみたいと思いませんか。わたしは読み終わってからずっと、こんなものを映画にしてみたいと感慨にふけっております。 #
by hiroto_yokoyama
| 2010-05-31 11:28
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この本は劣情をそそるようには書かれていない。しかし、妖しい気分にはなる。
坂田籐十郎が近松門左衛門『大経師昔暦』(溝口健二監督『近松物語』の原作)の初日を迎える直前に「芸の苦心に肝胆を砕」く話。「茶屋宗清の大広間で、万太夫座の弥生狂言の顔つなぎの宴がひらかれてい」る。 籐十郎は「何げないふうに酒杯を重ねてはいたものの、心のうちには、かなりはげしい芸術的な苦悶が、渦巻いている」。『大経師昔暦』は、「京の人々の、記憶にはまだ新しい室町通りの大経師の女房おさんが、手代茂右衛門と不義をして、粟田口に刑死するまでの、のろわれた命がけの恋の狂言」である。彼は人妻と恋をしたことがこれまでにない。「籐十郎は、生まれながらの色好みじゃが、まだ人の女房と念ごろした覚えはござらぬ」のだ。したがって、茂右衛門をどのように演じるのか、彼は「自分自身の肝脳(あたま、ルビ)をしぼるよりほかには、くふうの仕方もなかったのである。」 酒に酔った籐十郎は「知らず知らず静寂な場所を求めて、勝手を知った宗清の部屋部屋を通り抜けながら、奥の離れ座敷」に向かうのだ。そこで「寝そべっ」ていると、偶々「宗清の主人宗山清兵衛の女房お梶が」やってきた。「お梶は、もう四十に近かったが、宮川町の歌妓(うたひめ、ルビ)として、若いころに嬌名をうたわれた面影が、そっくりと白い細面の顔に、ありありと残っている」のだ。まずい。 で、どうなるのかは是非『籐十郎の恋』を読んでからのお楽しみにして貰いたい。たしか、この作品は映画になっている。わたしが監督するなら、どう撮るかと考えていると、朝飯の用意ができたと妻に呼ばれてしまい、思考は妨げられたのである。妖しい気分はとうぶんの間、抜けそうもない。 #
by hiroto_yokoyama
| 2010-05-21 09:18
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